慶長6年(1601年)頃、現在の福島県福島市の中心部で伊達政宗と上杉景勝(かげかつ)麾下の本庄繁長(ほんじょうしげなが)が戦った合戦。
信夫山(しのぶやま)の黒沼神社に伊達政宗が陣をはり、福島城:現在の福島県庁付近に立てこもる上杉軍と対峙した。
主戦場となった松川(まつかわ)は現在の川の位置とは異なり、信夫山南麓を流れていたとされ、信夫山公園の脇を流れる祓川(はらいがわ)がその名残という説もあるが、現在は否定的な見方も多い。
なお、発生時期や合戦の結果については、上杉・伊達側の記述が食い違い、諸説あるが、30万石への減俸後も福島藩は本庄が治めていることから、なんらかの戦闘行為があり、かつ伊達侵攻から上杉勢が福島を防衛したことは確かである。